Will(やりたいこと)と、「仕事をする理由」について

12月も半ばとなりました。今年も残すところあと僅かです。
皆様いかがお過ごしでしょうか。(前回記事はこちら

さて、世の中の話題に目を向けると、このところ“働き方”の認識に少し変化がみられるような気がしています。きっかけはアメリカの実業家イーロン・マスクさんの発言からです。

それは「週80時間は働け!」──。

皆さんもニュースでご存知かと思いますが、彼はTwitter社を買収した後、短期間で大量のリストラを実施しました。その時に発した言葉が前述の「週80時間は働け!」だそうです。実際に彼はオフィスに寝袋をもって出社したとメディアで報じられていました。この一連のニュースは、日本でも大きく取り上げられましたが、働き方改革と盛んに呼びかけるようになった日本でも、意外に賛同の声が上がっているのを目にしました。閉塞感が蔓延している昨今、現状を打破するカリスマ性に期待してしまうのは正直分からなくもない現象だと筆者は感じています。

実際に週80時間働くかはともかくですが、私も昔受験勉強をしていた頃はそんな勢いをもって時間を費やしていたように思います。だからと言ってそれが必ず成果につながったかというと、なんとも言えないところもありますが…。あくまで筆者個人の話です。

そして先日テレビの報道番組をみていたら、このことについて橋下徹氏が「何かを変えたいと思ったら、そのくらい働かないと変わらないよ。僕も大阪府知事の時にはそうだった」とコメントされていました。彼の成果はともあれ、確かにその通りだと思います。達成したい目標が困難なものであればあるほど、相応の労力や時間を費やす必要が出てくるのは致し方のないことなのです。

ただしこれに賛同する上で、絶対に間違ってはいけないことがあります。

それは、すべての仕事には“自分の意思が伴っていること”が大前提であるということです。例えば自分や働く人の意思を全く無視して、強制的な労働をさせている──。そういったことは論外だということです。これは受験やスポーツに励む学生さんでも同じことが言えます。「この学校に入って、こんな勉強をしたい」とか「この学校で甲子園を目指したい」など、大なり小なり、皆何かしらの目標を達成したいという意思を持って選択をしていると思います。これが例えば、「家柄や親の面子のため」とか「学校の先生が自分の業績を上げるため」とかいった理由で、他者が本人の意思を無視して過酷な自習や練習を求めたとなれば、それは学生にとって非常に辛いことでしょう。

ではイーロン・マスク氏は一体何が言いたいのか。自分の為に週80時間の過重労働を強要しているのでしょうか?恐らく、そういうことではないのだと思います。ここからは推測ですが、身近な表現を使うと「主体性をもって仕事をしろ」ということを伝えたいのではないでしょうか。リストラされた社員のブーイングや、それに対するマスク氏の反応、ユーザーの意見から見て取れるのは、「Twitter社員」という輝かしい肩書だけに溺れ、ユーザーの声を聞かず、無意味なことばかりを行い、前進をやめた事への憤りでした。

それゆえの「週80時間働け」なのでしょう。「プロとしてTwitterの開発で週80時間働いても構わないと思えるだけの意思や目標(やりたいこと)があるか」という問いなのではないかと感じます。

結果、新たなリーダーであるマスク氏は「求める基準にマッチしない人材は必要ない」という人事的判断を下したのです。一般的な感覚からすると少し極端に感じるところもありますが、雇用契約というものを突き詰めて考えれば合理的な判断ですし、何より「週80時間働け」と言い放ったマスク氏自身が寝袋を持参してハードワークをしているのですから、彼の求めるレベルの企業には必要な決断だったのでしょう。

先程の前提の逆を考えれば、個人に主体性がなければ、幾ら時間を費やしても進歩や発展は望めないということが言えます。ですが今回の「週80時間」の賛否の中には、「何かを成し遂げるために頑張ること」「自分の意思に反してでも無理をすること」この2つを混同している意見も多いように感じます。これは雇用する側・される側の両方がいま一度冷静に切り分け、認識を正さなければならない事柄だと思います。皆さんはどう思うでしょうか?

さて、次に「仕事とWill」について考えてみたいと思います。

「労働は個人の意思によって行われなくてはならない」ということを前提として述べましたが、これは「自分のやりたいことだけを仕事にしなさい」ということではありません。それではただの自己満足になってしまいます。「労働をして対価を得る」ということは「需要に応える」ということですから、自分の働きにより他者の役に立たなくてはなりません。では自分の意思を尊重し、かつ他者の役に立てる仕事はどうやって見つけたら良いのか。考えてみましょう。

まずは、下の図をご覧ください。

見たことがある方も多いかと思いますが、3つの円形を作ってみました。その円形に「Will」「Can」「Must」と書き込んでみました。これは「キャリアの3つの輪」といいます。

まずは一番上の円形「Will」「自分がやりたいこと」です。
向かって右下の円形「Can」「自分ができる(できそうな)こと」です。
左下の円形「Must」。これは「やらなければならない(社会が求めている)こと」です。
「Must」ではピンと来ない方も多いと思います。「Needs」と表現しても良いでしょう。

自分で思いつくものをそれぞれいくつか書き入れてみましょう。そして、この3つの円形が重なり合った部分、つまり真ん中の三角形の部分が、自分にもできて、やりがいがあり、ある程度の継続性がある仕事と言われています。ここで注目していただきたい要素が「社会が求めていること(Needs)」です。いくら自分の意思があり、自分ができる(できそうな)ことであっても、社会が求めていないことは、仕事にすることは難しくなります。新卒での就職やキャリアでの転職にかかわらず、このように思考を整理すると、より自身にマッチした「Willを内包した仕事」に巡り合うことができると思います。

就職活動をはじめ“キャリア”というものは、この3つの接点を探していく旅のような気がしています。「これは社会に求められていることなのか、自分がやりたいことなのか、できることなのか」。常に3つの円に当てはめて考え続けることで「仕事をする理由」がだんだん形成されていくようなイメージです。特に現代社会はニーズの多様化が進んでいます。つまりたくさんのニーズが世の中にあるということです。もちろん日本国内だけではなく、海外という選択肢もありますし、最近は移住という手もあります。

ではそんな旅に出る前に、少し難しい話をします。

計画的偶発性理論(プランドハプンスタンス)」という、心理学者ジョン・D・クランボルツ教授が1999年に発表したキャリア理論があります。筆者も大好きなキャリア理論の一つです。この理論は「キャリアの殆どは偶発的な事象によって決まり、その偶然を計画的に設計する」という理論です。筆者は「動くことで、必ず何かを得ることができる。そしてその行動は無意識のうちに計画されていたものだ」と解釈しています。

対して前述の「キャリアの3つの円」は心理学者エドガー・H・シャイン博士による「キャリアアンカー理論」を源流としており、一般的には計画的偶発性理論と対比されるキャリア理論です。

振り返ると、So-Matchのブログでは組織ニーズの分析やジョブ型雇用についてなど、主にシャインの理論を軸に様々な考え方について述べています。一見すると矛盾しているようですが、この2つの理論は重なる部分もあり、現代社会では複合的に捉えることが必要と考えています。

つまり自分の軸(キャリアアンカー)を認識した上で、一つの目標に固執することなく、変化を受け入れ、偶発的な事象をきっかけに目標を再設定することがあっても良いのではないかということです。なぜならニーズは多様化し、溢れているのですから。

そのために、意図的にアクションを起こすことも大切だとお伝えしたいのです。

皆さんも、自ら動いてみることで思いがけない出来事に巡り会い、それが人生のターニングポイントになるかもしれません。日本のことわざに例えると「人間万事塞翁が馬」「捨てる神あれば拾う神あり」といった感じでしょうか。

さあ、2023年はぜひ旅に出てみましょう!
「理由」を探す旅に。

それでは、来年もめげずに考え抜いてゆきましょう。
よいお年を!